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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)13536号 判決

原告 甲田太郎こと 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 中村浩紹

昭和五六年(ワ)第一三五三六号事件被告 朝日生命保険相互会社 (以下「被告朝日生命」という。)

右代表者代表取締役 高島隆平

昭和五八年(ワ)第三三二号事件被告 東邦生命保険相互会社 (以下「被告東邦生命」という。)

右代表者代表取締役 太田新太郎

昭和五八年(ワ)第三三四号事件被告 明治生命保険相互会社 (以下「被告明治生命」という。)

右代表者代表取締役 土田晃透

昭和五八年(ワ)第一二四〇号事件被告 大和生命保険相互会社 (以下「被告大和生命」という。)

右代表者代表取締役 古原好雄

昭和五八年(ワ)第一二四一号事件被告 太陽生命保険相互会社 (以下「被告太陽生命」という。)

右代表者代表取締役 大部孫大夫

右被告五名訴訟代理人弁護士 後藤徳司

昭和五六年(ワ)第一三五三六号事件被告訴訟復代理人弁護士 日浅伸廣

主文

一  原告の主位的請求をいずれも棄却する。

二  被告東邦生命は原告に対し、金二八万〇九六〇円及びこれに対する昭和六一年三月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告明治生命は原告に対し、金三万三四〇〇円及びこれに対する昭和六一年三月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告の被告東邦生命及び被告明治生命に対するその余の予備的請求及びその余の被告らに対する予備的請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は原告の負担とする。

六  この判決の主文第二、第三項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(昭和五六年(ワ)第一三五三六号事件)

1  (主位的)

被告朝日生命は原告に対し、金四八〇万円及びうち金二四〇万円に対する昭和五三年九月八日から、うち金二四〇万円に対する昭和五六年一一月二五日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的)

被告朝日生命は原告に対し、金一四八万四一〇〇円及びこれに対する昭和六一年三月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告朝日生命の負担とする。

3  仮執行宣言

(昭和五八年(ワ)第三三二号事件)

1  (主位的)

被告東邦生命は原告に対し、金四八〇万円及びうち金二四〇万円に対する昭和五三年一〇月三一日から、うち金二四〇万円に対する昭和五八年一月二二日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的)

被告東邦生命は原告に対し、金一〇五万三六〇〇円及びこれに対する昭和六一年三月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告東邦生命の負担とする。

3  仮執行宣言

(昭和五八年(ワ)第三三四号事件)

1  (主位的)

被告明治生命は原告に対し、金四八〇万円及びうち金二四〇万円に対する昭和五三年一〇月一三日から、うち金二四〇万円に対する昭和五八年一月二二日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的)

被告明治生命は原告に対し、金七六万八二〇〇円及びこれに対する昭和六一年三月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告明治生命の負担とする。

3  仮執行宣言

(昭和五八年(ワ)第一二四〇号事件)

1  (主位的)

被告大和生命は原告に対し、金三六〇万円及びうち金一八〇万円に対する昭和五三年一〇月一二日から、うち金一八〇万円に対する昭和五八年二月二七日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的)

被告大和生命は原告に対し、金六四万八六〇〇円及びこれに対する昭和六一年三月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告大和生命の負担とする。

3  仮執行宣言

(昭和五八年(ワ)第一二四一号事件)

1  (主位的)

被告太陽生命は原告に対し、金二八八万円及びうち金一四四万円に対する昭和五三年一〇月二八日から、うち金一四四万円に対する昭和五八年三月二日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的)

被告太陽生命は原告に対し、金七一万七六〇〇円及びこれに対する昭和六一年三月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告太陽生命の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(主位的請求関係)

一  請求原因

1 原告は、昭和五二年一〇月七日、被告朝日生命との間で、原告を被保険者、被告朝日生命を保険者として、次の内容の保険契約を締結した。

種類 普通定期保険

保険金額 普通死亡 三〇〇〇万円

災害死亡 五〇〇〇万円

災害入院特約 被保険者が保険者の責任開始期以後に生じた不慮の事故によって障害を受け、その治療をすることを目的として入院したときは、保険者は、入院日数に応じた入院給付日額合計金額を受取人に支払う(以下「災害入院特約」という。)。

疾病入院特約 被保険者が保険者の責任開始期以後に生じた疾病を直接の原因として入院したときは、保険者は、入院日数に応じた入院給付日額合計金額を受取人に支払う(以下「疾病入院特約」という。)。

入院給付金額 日額二万円(一二〇日)

保険料 月額二万九一〇〇円

保険料支払方法 毎月二六日銀行自動引落払

2 原告は、昭和五二年一一月一八日、被告東邦生命との間で、原告を被保険者、被告東邦生命を保険者として、次の内容の保険契約を締結した。

種類 入院保障特約付新養老ニューファミリー保険

保険金額 普通死亡 二〇〇万円

災害死亡 三〇〇〇万円

災害入院特約 1項記載の同特約と同内容

疾病入院特約 1項記載の同特約と同内容

入院給付金額 日額二万円(一二〇日)

保険料 月額三万五一二〇円

保険料支払方法 毎月二七日銀行自動引落払

取扱店太陽神戸銀行岡山支店

3 原告は、昭和五二年一一月一日、被告明治生命との間で、原告を被保険者、被告明治生命を保険者として、次の内容の保険契約を締結した。

種類 入院保障特約付ダイヤモンド生命保険

保険金額 普通死亡 三〇〇万円

災害死亡 六〇〇〇万円

災害入院特約 1項記載の同特約と同内容

疾病入院特約 1項記載の同特約と同内容

入院給付金額 日額二万円(一二〇日)

保険料 月額三万三四〇〇円

保険料支払方法 毎月二七日銀行自動引落払

取扱店香川相互銀行岡山南支店

4 原告は、昭和五二年一〇月一七日、被告大和生命との間で、原告を被保険者、被告大和生命を保険者として、次の内容の保険契約を締結した。

種類 入院保障特約付養老保険

保険金額 普通死亡 一〇〇万円

災害死亡 二〇〇〇万円

災害入院特約 1項記載の同特約と同内容

疾病入院特約 1項記載の同特約と同内容

入院給付金額 日額一万五〇〇〇円(一二〇日)

保険料 月額二万八二〇〇円

保険料支払方法 毎月二八日銀行自動引落払

取扱店太陽神戸銀行岡山支店

5 原告は、昭和五二年一〇月二四日、被告太陽生命との間で、原告を被保険者、被告太陽生命を保険者として、次の内容の二口の保険契約を締結した。

種類 いずれも入院保障特約付けんこうひまわり保険

契約番号 ① K一五四―九〇〇二九〇及び

② K一五四―九〇〇二八九

保険金額 普通死亡 ①は二三八万円、

②は一一九万円

災害死亡 ①は三三八万円、

②は二一九万円

災害入院特約 1項記載の同特約と同内容

疾病入院特約 1項記載の同特約と同内容

入院給付金額 ①は日額八〇〇〇円(一二〇日)

②は日額四〇〇〇円(一二〇日)

保険料 ①は月額二万〇六〇〇円

②は月額一万〇六〇〇円

保険料支払方法 いずれも毎月二七日銀行自動引落払

取扱店太陽神戸銀行岡山支店

6 原告は、昭和五三年三月一四日午前〇時一〇分ころ、大阪市住之江区北加賀屋五丁目七番二〇号先路上交差点において、信号待ちのため停車していた訴外乙山春男(以下「乙山」という。)運転の普通乗用自動車(以下「乙車」という。)の助手席に同乗していたところ、丙川夏夫(以下「丙川」という)運転の大型特殊自動車(以下「甲車」という。)が乙車に追突し(以下「本件事故」という。)、これにより、原告は、左額打撲擦過傷、頸部捻挫、腰部打撲及び捻挫の障害を受け、その治療のため、同月一四日から同年七月二五日まで、岡山市十日市西町二番一号仁熊医院に入院した。

7 原告は、被告らとの間の前記災害入院特約に基づき、被告朝日生命に対し昭和五三年九月七日、被告東邦生命に対し同年一〇月三〇日、被告明治生命に対し同月一二日、被告大和生命に対し同月一一日、被告太陽生命に対し同月二七日、それぞれ入院日数一二〇日分の保険給付金の支払を請求した。

8 原告は、昭和五六年四月下旬、腰部椎間板ヘルニア、右根性座骨神経痛の疾病が生じ、その治療のため、同年六月五日から同年一〇月二七日まで、岡山市和泉田三六四番六号黒住整形外科医院に入院した。

9 原告は、本件各訴状をもって被告らに対し、前記疾病入院特約に基づき入院日数一二〇日分の保険給付金の支払を請求した。

よって、原告は被告らに対し、本件各保険契約に基づく保険給付金及びこれに対する遅延損害金として、被告朝日生命に対しては、四八〇万円及びうち金二四〇万円に対する催告の日の翌日である昭和五三年九月八日から、うち金二四〇万円に対する本件訴状送達の翌日である昭和五六年一一月二五日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員、被告東邦生命に対しては、四八〇万円及びうち金二四〇万円に対する催告の日の翌日である昭和五三年一〇月三一日から、うち金二四〇万円に対する本件訴状送達の翌日である昭和五八年一月二二日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員、被告明治生命に対しては、四八〇万円及びうち金二四〇万円に対する催告の日の翌日である昭和五三年一〇月一三日から、うち金二四〇万円に対する本件訴状送達の翌日である昭和五八年一月二二日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員、被告大和生命に対しては、三六〇万円及びうち金一八〇万円に対する催告の日の翌日である昭和五三年一〇月一二日から、うち金一八〇万円に対する本件訴状送達の翌日である昭和五八年二月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員、被告太陽生命に対しては、二八八万円及びうち金一四四万円に対する催告の日の翌日である昭和五三年一〇月二八日から、うち金一四四万円に対する本件訴状送達の翌日である昭和五八年三月二日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1 請求原因1ないし5の各事実はいずれも認める。

2 同6の事実のうち、原告が左額に障害を受けたことは認めるが、入院の事実は不知、その余は否認する。

本件事故は、原告とその協力者らが共謀して仕組んだ偽装事故であり、保険事故としての不慮の事故に当たらない。

すなわち、原告らは、共謀の上、追突事故を偽装しようと企て、まず乙車を左側歩道に乗り上げ防護柵に衝突させようとしたが、歩道に乗り上げることができず、衝突地点を僅かに通過した地点で停止した。そこで、ハンドルを右に回して後退し、左前車輪を歩道上に乗り上げ、乙車の左前部フエンダー、バンパーなどを防護柵に接触させながら後退を続け、左前車輪を歩道に乗り上げた状態で停止し、甲車が乙車の後方から乙車を押すようにして追突したものである。

仮に、原告の頸部及び腰部などに障害が生じたとしても、それは、昭和四六年七月ころに発症したものであり、本件事故との因果関係はない。

3 同7の事実は認める。

4 同8の事実は知らない。

原告の腰部椎間板ヘルニアは、本件各保険契約前に発病した既往症であり、被告らには保険金給付の義務がない。また、本件事故は偽装事故であるから、これにより傷害を受けたとして、それは自損行為によるものである。

仮に、そうでないとしても、少なくとも、一二〇日の入院の必要性はなかった。

三  抗弁

1 本件各保険契約の解除

(一) 本件事故は、原告らが保険給付金を詐欺するために偽装したものであり、原告らの右行為は、本件各保険契約における信頼関係を破壊するものである。

(二) そこで、被告らは、原告に対し、昭和五四年九月三日付け文書(「今回の給付金請求は、給付金詐欺を目的としたものとの判断が可能であり、契約無効の約款規定に抵触することにより本件各契約は無効とさせていただく。」旨の記載がある。)をもって、本件各保険契約を解除する旨の意思表示をなし、右意思表示は、同日、原告に到達した。

(三) また、被告らは、被告らの昭和六一年四月二五日付け準備書面をもって原告に対し、本件各保険契約を解除する旨の意思表示をなし、原告は、同日、右書面を受け取った。

なお、右解除の効力は、本件事故が発生した日である昭和五三年三月一四日に遡及する。

2 信義則違反・権利濫用

仮に、右解除の遡及効が認められないとしても、信頼関係の破壊事由となった偽装事故あるいはその後に生じた事由に基づいて保険給付の請求をすることは信義則に反し、権利の濫用として許されない。

3 保険料不払による保険契約の失効

(一) 本件各保険契約の保険料は月払となっていたが、原告と被告らとは、保険料支払の猶予期間を支払期日の翌日から二か月間と定め、右猶予期間内に二か月分の保険料を支払わなかったときは、本件各保険契約は、右猶予期間の満了の日の翌日に失効する旨約定した。

(二) 原告と被告朝日生命、被告明治生命、被告大和生命、被告太陽生命との間の各保険契約につき、昭和五四年九月分の各保険料の支払期日の翌日である昭和五四年九月二七日ないし同月二九日から起算して二か月の猶予期間が満了した翌日の同年一〇月二七日ないし同月二九日がそれぞれ経過した。

(三) 原告と被告東邦生命との間の保険契約につき、昭和五五年五月分の保険料の支払期日の翌日である昭和五五年五月二八日から起算して二か月の猶予期間が満了した翌日の同年七月二八日が経過した。

(四) したがって、本件各保険契約はいずれも失効した。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1の(一)の事実は否認する。

同(二)の事実中、原告が被告ら主張の日に被告ら主張の文書を受け取ったことは認めるが、その内容が解除の意思表示であることは否認する。

同(三)の事実は認める。

なお、被告ら主張の解除には遡及効がない。

2 同2は争う。

3 同3の(一)ないし(三)の各事実はいずれも認めるが、本件各保険契約が失効したとの主張は争う。

五  抗弁3に対する再抗弁

本件各保険料の支払方法は銀行口座から自動引落払と約定されていたところ、原告は、約定の各預金口座に保険料支払のための資金を預け、被告らに対する弁済の提供をした。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実のうち、本件各保険料の支払方法が銀行口座からの自動引落払と約定されていたことは認めるが、その余は知らない。

被告らが銀行預金口座から保険料の自動引落をしなかった場合は、預金口座に保険料の支払資金を預金したというだけでは弁済の提供とはならず、預金とともに、被告らに対し受領の催告をしなければ弁済の提供があったということはできない。

(予備的請求関係)

一  請求原因

1 仮に、本件各保険契約が無効であるとするならば、被告らは、商法六八三条、六四三条により原告から支払を受けた保険料を返還すべきである。

2 また、仮に、本件各保険契約が被告らの主張する解除(主位的請求の抗弁1)により遡及的に失効したとするならば、被告らは、1と同様に原告から支払を受けた保険料を返還すべきである。

3 原告は、被告朝日生命に対し、本件保険契約の保険料として、昭和五二年一〇月分から昭和五四年八月分まで月額二万九一〇〇円合計六六万九三〇〇円を支払ったほか、昭和五六年一一月一二日、岡山地方法務局に昭和五四年九月分から昭和五六年一二月分までの保険料八一万四八〇〇円を供託した。

4 原告は、被告東邦生命に対し、本件保険契約の保険料として、昭和五二年一一月分から昭和五五年四月分まで月額三万五一二〇円合計一〇五万三六〇〇円を支払った。

5 原告は、被告明治生命に対し、本件保険契約の保険料として、昭和五二年一一月分から昭和五四年九月分まで月額三万三四〇〇円合計七六万八二〇〇円を支払った。

6 原告は、被告大和生命に対し、本件保険契約の保険料として、昭和五二年一〇月分から昭和五四年八月分まで月額二万八二〇〇円合計六四万八六〇〇円を支払った。

7 原告は、被告太陽生命に対し、本件保険契約の保険料(二口分)として、昭和五二年一〇月分から昭和五四年八月分まで月額三万一二〇〇円合計七一万七六〇〇円を支払った。

8 原告は、昭和六一年三月一日付け準備書面をもって、被告らに対し、右各保険料の返還請求をなし、被告らは同日右書面を受け取った。

よって、原告は、被告朝日生命に対し一四八万四一〇〇円、被告東邦生命に対し一〇五万三六〇〇円、被告明治生命に対し七六万八二〇〇円、被告大和生命に対し六四万八六〇〇円、被告太陽生命に対し七一万七六〇〇円及び各被告に対し、それぞれの返還すべき右各金員に対する催告の日の翌日である昭和六一年三月二日から各支払済みに至るまでそれぞれ年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1 請求原因1は争う。

2 同2は争う。

本件各保険契約の解除は、原告が保険給付金を詐欺しようとしたことにより信頼関係が破壊されたことを理由とするものであり、本件各保険契約が効力を失うことについて原告には悪意又は重大な過失がある。したがって、商法六八三条、六四三条の類推適用により被告らには保険料の返還義務がない。

3 同3ないし8の各事実はいずれも認める。

第三証拠関係《省略》

理由

第一主位的請求について

一  請求原因1ないし5の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  原告は、乙車は甲車から追突されたものであると主張するのに対し、被告らは甲車と乙車との追突は原告らが偽装したものであると主張するので、以下、この点につき検討する。

《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

1  原告らは、昭和五三年三月一三日、乙山運転の乙車(ニッサン・ローレル)に乗車して岡山県備前市から大阪市住之江競艇場へ遊びに行き、二人とも競艇で大損をした後、原告の知り合いである丁原秋夫から借金をしようとして和歌山まで行ったりした後、大阪市住之江区柴谷方面から北加賀方面に向かう道路(関西電力株式会社敷津変電所南側)を南西から北東方向にむけて走行し(なお、右ルートは和歌山から大阪、岡山方面に向かうルートからは外れている。)、同月一四日午前〇時一〇分ころ、同市同区北加賀屋五丁目七番二〇号先の三叉路(以下「本件交差点」という。)に至り、同交差点手前において本件事故が生じた。

2  本件事故の態様は、丙川運転の甲車(大型特殊自動車)が本件交差点手前において乙車の後部に追突し、乙車の前部バンパーが歩道上の防護柵の支柱に突き当たったものである。

3  本件事故現場の道路の状況は、乙車の進行方向に向かって左側(以下、位置、方向関係は乙車の進行方向を基準として述べる。)に車道より一段高くなった歩道があり、歩道の車道寄りには防護柵が設置されていた。

右防護柵は、高さ〇・九メートルの鉄製パイプ状の支柱を二メートルの間隔で設置し、支柱と支柱との間に上下四本の横棒を取り付けたものであり、横棒は支柱よりやや細いパイプで、支柱と支柱とを結ぶ縦平面内に収まるように取り付けられていた。

4  本件事故の際に乙車に生じた損傷の部位、状況は次のとおりである。

(一) 乙車の前部バンパーの左ヘッドランプの下辺りに前期歩道上の防護柵の支柱(以下「支柱」という。)と正面衝突したことにより生じた凹損があり、右凹損の縦の線はやや歩道側に傾いている(このことは、支柱が右衝突前に既に歩道側に傾いていたことを示している。)。

なお、左ヘッドランプよりさらに車体側面の側にあるヘッドランプドアー、左前部フェンダーの先端部分は右凹損部分の底部よりも前に突き出たままであり、乙車の前部バンパーが支柱と正面衝突した後、支柱が乙車の左側面と接触しながらすり抜けて行ったような痕跡は存在しない。

(二) 乙車の前部バンパーには、右正面衝突による凹損のほかに、センターバンパーと左サイドバンパーとの継ぎ目のセンターバンパー寄りに、バンパー取付部(ステー)を支点として左サイドバンパーの先端を前方に押し曲げたような損傷がある(この折れ曲がりは、乙車が左サイドバンパーの先端を支柱に引っ掛けて後進したことにより生じたものと考えられる。)。

(三) 乙車の左前部フェンダー側面の先端付近には前記防護柵の横棒(以下「横棒」という。)のうち上の三本との接触により生じたものと認められる横方向の凹損ないし擦過痕があり、右損傷部分のうち上から二番目の横棒によって生じたものと認められる損傷の先端部にはフェンダー側面の板金を後方から前方に向かって擦るように圧力を加えた場合に生じるような寄せじわが生じている(この寄せじわは、乙車が後進しながら横棒に接触したことによって生じたものと考えられる。)。

(四) 乙車の左前部フェンダー側面の先端付近には、横棒との接触による損傷とは別に支柱との接触により生じたものと認められる縦方向の凹損部分がある。

(五) 乙車の左前車輪の側面には、乙車が前進しながら歩道の縁石側面と接触したことにより生じた擦過痕及び乙車が後進しながら左前車輪を歩道上に乗り上げた時に生じたものと推測される擦過痕がある。

5  本件事故後、フユと称する者が甲車を運転していた丙川の使用主である株式会社戊田工務所に現れ、「乙山から事故の話を聞いた。乙山は俺と親戚だから余り無理は言わんだろう。」と言って、示談の斡旋役を申し入れてきたが、右フユと称する者は丁田冬夫(以下「丁田」という。)であり、同人及び丙川はいずれも、かつて株式会社戊田工務所の下請けをしていた丙田組(丙田松夫)で働いていたことがあった。

なお、丙川は本件事故の一年位前から株式会社戊田工務所で運転手(アルバイト)をしていたものである。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

以上の事実及び《証拠省略》を総合すると、乙車は左前車輪を歩道上に乗り上げようとして、歩道に向かって斜めに進行したが、左前車輪の側面が歩道縁石の側面と接触して歩道上に乗り上げることができなかったため、一旦停止し、ハンドルを右に回して後進し、歩道上に左前車輪を乗り上げ、左前部フェンダーの先端部側面及びサイドバンパーを横棒や支柱に接触させながら後退し(この時、横棒が外れ支柱が歩道側に傾いた。)、支柱を通り越した位置で停止し、このような状態において、甲車を乙車の後部に追突させ、これにより乙車の前部バンパーが右支柱と正面衝突したものと認められる。

そして、本件事故が人通りの少ない深夜に生じたこと、乙車の運転車乙山と原告とは古くからの知り合いであり、また、本件事故の示談交渉に現れた乙山の親戚と称する丁田はかつて丙川(甲車の運転者)と同じ職場で働いていたこと、原告は多数(一五件)の災害入院特約付き生命保険契約を締結しており(このことは当事者間に争いがない。)、乙山も災害入院特約付き生命保険契約を二社と締結していたこと(このことは、《証拠省略》により認められる。)、原告は、本件事故後、阪和病院、仁熊医院などで検査を受けたが、左額擦過症のほかには他覚的な障害がなかったこと(このことは、《証拠省略》により認められる。)などを考え合わせると、本件事故は、原告が本件各保険契約による保険金を詐取しようとして、乙山らと共謀して仕組んだ偽装事故であると認めるのが相当であり、《証拠判断省略》他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  ところで、本件各保険契約の保険事故については偶発性が要件とされていること及び事故が保険契約者の故意によって生じた場合は保険者の責任が免責されていることは当事者間に争いがないところ、前記認定事実によれば、本件事故は、保険契約者たる原告が故意に惹起したものであり、偶発性を有しないことは明らかである。

したがって、災害入院特約に基づく原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  次に、原告の疾病入院特約に基づく保険給付金の請求について判断するに、被告らは、抗弁1として、本件各保険契約の解除を主張するので、先ず、被告らの右抗弁について検討する。

被告らが昭和五四年九月三日原告に対し、「今回の給付金請求は、給付金詐取を目的としたものとの判断が可能であり、契約無効の約款規定に抵触することにより、本件各契約は無効とさせていただく。」旨の記載のある文書を送付し、原告がこれを受け取ったことは当事者間に争いがなく、右事実及び前記二の認定事実並びに弁論の全趣旨によれば、被告らは、原告が本件保険給付金を詐取しようとしたことを理由として、本件各保険契約を解除する旨の意思表示をしたものと認めるのが相当であり、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、生命保険契約は、保険契約者の保険料支払義務と保険者の保険金支払義務とが一定の期間継続する、いわゆる継続的契約であるから、契約当事者は信義則に従い誠実に契約の履行を継続することが要求されており、両者の信頼関係があって初めて成り立つものである。したがって、生命保険契約において、保険契約者がその契約の基礎をなす信頼関係を破壊し、契約関係の継続を著しく困難にしたときは、保険者は、何らの催告もせずに、生命保険契約を解除することができるものと解される。

これを本件についてみると、前記二の認定事実によれば、原告は、偽装事故によって傷害を受けたように装い、本件各保険契約の災害入院特約に基づく保険給付金を詐取しようとしたものであり、このことが本件各保険契約の信頼関係を破壊し、契約関係の継続を著しく困難にするものであることは明らかである。

したがって、被告らは何らの催告を要せず、本件各保険契約を解除することができるというべきである。

以上によれば、本件各保険契約は、昭和五四年九月三日、解除により終了したものというべきであるから、その後に発病し入院したことを理由とする原告の疾病入院特約に基づく保険給付金の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

五  以上により、原告の主位的請求は、いずれも理由がない。

第二予備的請求について

一  原告は、本件各保険契約の無効を理由として支払済みの保険料の返還を求めているが、本件各保険契約が当初から当然無効であったと認めるに足りる証拠はないので、本件各保険契約が無効であることを前提とする原告の右請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

二  また、原告は、被告らがした本件各保険契約の解除の効果が契約当初まで遡及するものであると主張し、このことを前提として昭和五四年八月分以前の保険料の返還を請求しているが、生命保険契約は継続的契約であり、保険者の保険責任が開始された以上、原則として解除の効果は遡及しないものと解すべきであるから(商法六七八条二項、六四五条一項、六八三条一項、六五一条一項、六五七条一項などは注意的にこの原則を明らかにしたものと解される。)、本件各保険契約の解除の遡及効を前提とする原告の右請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三  次に、原告は、被告東邦生命、被告明治生命及び被告朝日生命に対し、本件各保険契約が解除された後に支払い、又は供託した保険料の返還を求めているので、この点について検討する。

1  原告が被告東邦生命に対し昭和五四年九月分から昭和五五年四月分までの保険料月額三万五一二〇円を支払ったこと、原告が被告明治生命に対し昭和五四年九月分の保険料月額三万三四〇〇円を支払ったこと、原告が昭和六一年三月一日被告東邦生命及び被告明治生命に対し、右金員の返還を催告したことはいずれも当事者間に争いがない。

右事実及び前記第一、四において判示したように、本件各保険契約は昭和五四年九月三日をもって解除され、終了したことにかんがみると、被告東邦生命は、右八か月分の保険料合計額二八万〇九六〇円を法律上の原因なくして取得したものであり、被告明治生命は、昭和五四年九月分からの保険料三万三四〇〇円を法律上の原因なくして取得したものというべきである。

したがって、原告に対し、被告東邦生命は二八万〇九六〇円、被告明治生命は三万三四〇〇円及び右各金員に対する前記催告の日の翌日である昭和六一年三月二日から各支払済みに至るまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

なお、被告東邦生命及び被告明治生命は、本件各保険契約が解除により失効したことについて原告に悪意又は重大な過失があるから、保険料の返還義務はないと主張するが、《証拠省略》によれば、原告は、被告らがした解除通知の効力につき疑問を抱き、弁護士に相談し、その解除の効力を争っていたことが認められるので、原告が本件各保険契約が失効したことにつき悪意であったと認めることはできず(他に原告の右悪意を認めるに足りる証拠はない。)、また、右被告らは、自ら本件保険契約を解除しておきながら、右解除後に、保険契約終了後の昭和五四年九月分以降の保険料を原告の預金口座から自動的に引き落としたものであり、このような場合に商法六四三条を類推適用することはできない。したがって、被告らの右主張は採用することができない。

2  原告が昭和五六年一一月一二日被告朝日生命に対し、昭和五四年九月分から昭和五六年一二月分までの保険料合計八一万四八〇〇円を供託したことは当事者間に争いがない。

しかしながら、被告朝日生命が右供託金の還付請求をしたと認めるに足りる証拠はないので、右供託の事実があるからといって、被告朝日生命が右供託金を不当利得したものということはできない。

したがって、原告の被告朝日生命に対する右供託金額の返還請求は理由がない。

第三結論

以上によれば、原告の被告東邦生命に対する予備的請求は、二八万〇九六〇円及びこれに対する昭和六一年三月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で、被告明治生命に対する予備的請求は、三万三四〇〇円及びこれに対する昭和六一年三月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める限度でいずれも理由があるが、原告のその余の予備的請求及び主位的請求はいずれも理由がない。

よって、原告の被告らに対する主位的請求をいずれも棄却し、予備的請求のうら、被告東邦生命及び被告明治生命に対する請求は前記理由のある限度でこれを認容し、右被告らに対するその余の予備的請求及びその余の被告らに対する予備的請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 髙橋正 裁判官 秋武憲一 裁判官橋本英史は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 髙橋正)

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